倉俣史朗

倉俣史朗 (くらまた しろう)

倉俣史朗は1934年の生まれの日本人デザイナーです。日本独自のデザインを追求し空間・インテリアなど多岐にわたるデザインを手がけました。70年に発表の「変形の家具」シリーズで世界に広く認知され、81年にはエットレ・ソットサス Jr.によるデザイン集団メンフィスに参加。その後はアームチェア、ハウ・ハイ・ザ・ムーン、アクリル樹脂に造花を閉じ込めたチェア、ミス・ブランチ等名作家具を次々と発表しました。空間デザインでは、イッセイ ミヤケのブティックやスパイラルビルなどを手がけ、90年にはヤマギワリビナ本館7Fも手掛けています。彼のデザインはアクリルやガラスを効果的に用いたものが多く、ヤマギワでもアクリル製の照明器具、K-Seriesを製作。1972年以来、途切れることなく生産が続いています。

倉俣史朗
倉俣史朗

倉俣史朗 (くらまた しろう)

倉俣史朗は1934年の生まれの日本人デザイナーです。日本独自のデザインを追求し空間・インテリアなど多岐にわたるデザインを手がけました。70年に発表の「変形の家具」シリーズで世界に広く認知され、81年にはエットレ・ソットサス Jr.によるデザイン集団メンフィスに参加。その後はアームチェア、ハウ・ハイ・ザ・ムーン、アクリル樹脂に造花を閉じ込めたチェア、ミス・ブランチ等名作家具を次々と発表しました。空間デザインでは、イッセイ ミヤケのブティックやスパイラルビルなどを手がけ、90年にはヤマギワリビナ本館7Fも手掛けています。彼のデザインはアクリルやガラスを効果的に用いたものが多く、ヤマギワでもアクリル製の照明器具、K-Seriesを製作。1972年以来、途切れることなく生産が続いています。

 

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